祖父の内海五十雄さんが背番号26を背負った巨人軍の選手だったこともあり、幼少期より将来は巨人軍でプロ野球選手になることを夢見て、野球に"全てをかけていた"とのこと。
そこで今回のアスリートインタビューは、内海選手の中高生時代のお話、野球を好きになった理由、どんな中高生時代を過ごしていたのかなど、中高生に向けて魂のこもった熱いメッセージをいただきました。 夢をかなえたい中高生読者必見です!
最初はラグビーをやっていたんです
内海選手が野球を始めたキッカケはなんでしょうか。
小学校2年生の時に、少年野球を始めたのがキッカケなんですけど、小学校1年の時は、親に入れられたラグビースクールで活動していたんです。でも小学校一年生がやるラグビーは、体づくりばかりで、ボールに触らせてもらえなかったから、あまり面白くなかったんです。でも、少年野球はすぐにボールを使ってキャッチボールができるし、バットも振れるし楽しいことばかりで、しかも仲のいい友だちもたくさんいたので、親にお願いして野球をやらせてもらったんです。
野球のどんなところに魅力を感じましたか。
最初は、打つとか、投げるとかが、純粋に楽しかったです。野球って下手の時も上手になってからも、ずっと同じくらい楽しくできるスポーツだと思うので、そこが野球の魅力だと思います。
内海は文武両道の模範学生です!
高校時代の部活の中で、一番つらかった練習メニューはなんですか。
ランニングメニューですね。僕はピッチャーなので、練習といったら、投げることと、走ることが中心で、冬場になると練習の中心がさらに走ることになっていくんです。だから毎日練習の合間に10キロは走ってましたね。
それでは嬉しかった部活の思い出はなんですか。
野球部のチームメイトによる不祥事で辞退することになってしまったんですけど、春の甲子園出場が決まった瞬間が一番嬉しかったです。
その不祥事が起きてしまったことで、チームの団結力とかに影響は無かったんですか。
不祥事をおこしてしまった部員は退部してしまったんですけど、残った仲間と夏にもう一度甲子園に行こう! と一致団結して、それからはさらに気合を入れて練習していました。
内海選手は、部活以外ではどんな男子でしたか。
野球以外では、みんなでお昼休みとかに、3on3のバスケをやるのが楽しみでした。
勉強はどうでしたか(笑)。
まさしく僕は文武両道の模範学生でした。全部の教科が出来たというより、ひたすら勉強して、テストに出る範囲を全て丸暗記していました。
でも部活を一生懸命やると、疲れてしまって帰ってから勉強するのはしんどいと思うのですが。内海選手はどうやって勉強していたんですか。
そこは内海マジメです(笑)。寮生活だったんですけど、特にテスト期間中は、寮に戻ったら、ひたすら丸暗記の勉強をしてました。
内海哲也の MY DREAM MY LIFE
内海選手がプロ野球を目指したキッカケと、プロ野球選手になれるんじゃないかと感じた瞬間はいつ頃ですか。
小学校2年生で野球を始めたときから、将来はプロ野球選手になりたいと思っていたんですけど、具体的に感じたのは高校1年の時で、冬までは球速が120km後半だったのが、春頃に130km中盤が出るようになって、10kmアップしたんです。そしたら先輩が、「内海、このままいったらプロにいけるんじゃないか!」って言ってくれたんです。その時からですね、プロを意識しはじめましたのは。
内海選手は2011年、セ・リーグで最多勝投手に輝き、ピッチャーとして頂点を極めましたが、そこにたどり着くまで、様々な困難とどのように向き合い、努力してきたのでしょうか。
毎年、どんなに良い成績を残せたとしても、天狗にならずに、もっと上手になろう! と思って練習しています。僕が一番ヘタだからともっとうまくなろう! って。
今号が、「 MY DREAM MY LIFE 〜 部員の数だけ目標があり夢がある 」というテーマなんですが、内海選手にとっての「 MY DREAM MY LIFE 」とはなんでしょうか。
小さい頃からジャイアンツで野球がやりたくて、高校の時のドラフトを一度断って、社会人野球をやって、ジャイアンツに入団させてもらったので、できればこのままずっとジャイアンツの選手でプレーしたいのと、現役を引退しても指導者としてジャイアンツのコーチになるのが、僕にとっての一番の夢です。
なぜジャイアンツがそんなに好きなんですか。
僕の祖父がジャイアンツの選手で、背番号が26だったんです。だから僕も祖父と同じチームに入りたいという思いがあったのと、単純に子供の頃からジャイアンツファンだったというのが理由です。
キツい練習を乗り越えたことが、マウンドでの自信につながる
野球が大好きな内海選手ですが、そんな大好きな野球を辞めたいと思ったことはありますか。
もちろん数え切れないほどあります。でも、どんなに練習がつらいときでも結果がともなわないときも、自分の才能が最大限発揮できるのは野球しか無いと信じていましたし、自分から野球をとってしまったら何も残らないと思っていました。
上手になるためには、キツい練習がつきものですが、そんなキツい練習をどうやったらめげずに乗り越えることが出来るのかアドバイスをお願い致します。
これを超えたら、どれだけ自分が変化できるのだろうという期待のみです。それに、どれだけキツい練習をしてきたかが、試合のマウンドでの自信につながります。
内海選手もマウンドで緊張しますか。
めっちゃ緊張しますね。
攻略法はありますか。
何試合投げても緊張するので、緊張しないようにしようと思っても無理なので、逆にその緊張を楽しむようにしています。
中高生へのメッセージ
内海選手にとって、今までの人生の中でターニングポイントがあるとしたら、どこですか。
中学校の時です。僕は学校の部活ではなくボーイズリーグの強豪チームで活動していたんですけど、チームの中では5番手6番手のピッチャーだったんです。周りにはあきらめて辞めていく子もいましたし、内海なんかプロ野球選手になんかなれるわけない、と思われていたと思います。でも、そんな時も僕は将来プロ野球選手になるんだという夢をあきらめずに追い続けることができたことだと思います。
最後に、中高生へのメッセージをお願いします。
プロ野球選手になりたいとか、みんなそれぞれ夢があると思いますが、決してあきらめずに、がんばってほしいとおもいます。
とにかくがんばって!!
ありがとうございました。